<漢字の表音性2> 「音記号」と「漢字の表音性」

 次の漢字をみてください。 どんなことがわかりますか?

  日 と 月 → 明  ・・・・・・  明 と 皿 → 盟

  女 と 又 → 奴  ・・・・・・  奴 と 心 → 怒

  五 と 口 → 吾  ・・・・・・  吾 と 言 → 語

  木 と 目 → 相  ・・・・・・  相 と 雨 → 霜

  雨 と 云 → 雲  ・・・・・・  雲 と 日 → 曇

  大 と 可 → 奇  ・・・・・・  奇 と 馬 → 騎

  • あわせ文字にも、単純なあわせ文字と,複雑なあわせ文字がある。
  • ある漢字が,他の漢字の部分(部品)になるということで、漢字のあいだで重層的な関係がかたちづくられているのではないかとも思える。
  • 単純なあわせ文字が,複雑なあわせ文字の音記号としてはたらいているものがある。

 次の単語をよんで、気がついたことを挙げてください。

 (1) 召集、招待、昭和、湖沼、照明、紹介、詔勅    ・・・ → ショウ・召

 (2) 青春、清冽、晴天、精神、静穏、懇請       ・・・ → セイ・青

 (3) 同情、胴体、銅像、洞窟、恫喝          ・・・ → ドウ・同

 (4) 妨害、子房、宿坊、防犯、脂肪、紡績、傍観、誹謗 ・・・ → ボウ・方

 (5) 芳香、放送、模倣、訪問、彷徨、方針       ・・・ → ホウ・方

 (6) 星座、犠牲、生活、姓名、性格、覚醒       ・・・ → セイ・生

 (7) 直径、経済、軽快、地下茎、刎頚         ・・・ → ケイ・圣

 (8) 探検、危険、倹約、剣道、試験、石鹸       ・・・ → ケン・僉

 (9) 販売、反対、登坂、版権、炊飯、叛旗、鋼板    ・・・ → ハン・反

  • 共通する音と,音記号とみなせる部分がある。
  • 提示された漢字の範囲では、形声文字の音記号の機能がそれなりに保たれているようにみえる。
  • 音記号「方」の音,ホウとボウは、ちかい音である。
  • 昭(召),星(生)のように、あわせ文字も,また音記号としてはたらくものがある。

 次の単語から、音記号と音をとりだしてください。

 A.各地、体格、内閣、落第、連絡、酪農、上洛、烙印、駱駝、

   客室、省略、線路、額縁 ・・・(各)カク、ラク、キャク、リャク、ロ、ガク

 B.注意、円柱、駐車、主張、住宅、往来・・・(主)チュウ、シュ、ジュウ、オウ

 C.税金、遊説、論説、悦楽、脱出・・・(兌)ゼイ、セツ、エツ、ダツ

 D.駅頭、選択、潤沢、翻訳、解釈・・・(尺)エキ、タク、ヤク、シャク

 E.納涼、捕鯨、景観、上京、掠奪・・・(京)リョウ、ゲイ、ケイ、キョウ、リャク

 F.渓谷、容器、余裕、欲求、風俗・・・(谷)コク、ヨウ、ユウ、ヨク、ゾク

  •  これらの例の場合には,その優劣の差はあるとしても、数個ものかなり異なった音(よみ)をもち,音記号が音記号としての役割をほとんどはたしていないといえる。

* ここまでの学習の整理をしてみましょう。

  • 「漢字は中国語をかきあらわすために三千年前ごろにつくられた文字であって、今日にいたるまで中国のいろんな地方でつかわれてきました。数千年のあいだ中国語はすこしずつ発達し,変化しつづけたのですが、おなじ漢字がその時代,その地方の中国語を書きうつすためにつかわれました。ですから、一つひとつの漢字は、ことなる時代で,ことなる地方で,中国語のちがいにあわせて、よみ方がすこしずつちがっています。この漢字を,むかしの日本人は、ことなる時代に,ことなる地方から漢語とともにとりいれたので、日本の漢字には,いくとおりかの音読みができてしまいました。漢字の音は,中国での漢字のよみ方をそのままとりいれたものですが、かならずしも,中国でのよみ方とおなじだとはいえません。漢字をとりいれたときに、日本人は,日本語の音声体系にあわせて,そのよみ方をつくりかえています。」 「にっぽんご7 漢字」
  • 意味記号と音記号とからくみたてられるという形声文字の原理は、一部の漢字については,今日でもまだかなり強く生きている,といえそうです。ですから、形声文字の原理は,十分とはいえないまでも、漢字学習の役にたちます。しかし、音記号の「各」「主」「兌」「尺」「京」などのように,さかんにつかわれる構成要素ではあっても、いくつもの異なる音をあらわして、音記号としてのはたらきを,ほとんどはたせなくなっているものもみられます(むしろそういう例がけっこう多いと思えます)。単語の音がうつりかわったために,音記号がさまざまな音をになうようになったのかもしれませんが、そうなると,音記号が形声文字の形式的なくみたて方のうえにはのこりつづけても、音をしめすという機能は,実質的には弱まりつつある、ということがいえそうです。そのため、漢語を漢字で書いたとしても、その漢字から漢語の音をしることはできなくなりました。たとえば「終」「細」「院」「拡」という漢字は、「冬」「田」「完」「広」からは音はとれません。漢字には「表音性」がもちろんあるのですが、強くはない.はっきりいって弱い、と言わなければならないでしょう。形声文字の原理は完全に死んでしまったわけではないにしても、意味記号が意味をになえなくなり,音記号が音をになわないようになって、崩れはじめている―といってよいと思いますが……